2010年4月12日月曜日

社会人生活何年目かの春の雑記

創造的だとか先進的だとか、20世紀中はちょっとはチヤホヤされていたメーカーに入社してしばらく経った。ずっと同じ部署で仕事してる。部署の名前だけはコロコロ変わるが、やってる仕事の基本はあまり変わらない。

ここ数年は常にコストダウンと効率化、が目標だ。別に革新的手段などない。地道な話。そして効率化を達成したらそのぶん人を切る、人を切る方が先に行われ効率化を達成させる、そんなことの繰り返しで生き抜くシナリオしか組織にはないらしい。


ふと、地方公務員だった両親を思い出した。安定してずっと同じことやってるかと思いきや、数年に一度異動してんだ、あの職業。いやよく考えれば普通だろうけど。清掃課、秘書課、議会なんたら、総務課、緑地課、etc、どれも事務的なことは基本的には通じるんだろうけど、やはりそれぞれ仕事が違うようだ。異動したときの年齢(役職)で同じ課でもやることは違うらしい。

両親ともに地方公務員だったから、家族で食事する機会にも恵まれ(なんせだいたい定時で帰ってくるから)、そして食卓に上る話題は仕事の話=役所の話が多く、いろいろな職場の話は聞いていた。課やその中での係、立場によってほんとにいろいろだ。(あくまで子どもの頃の僕が親の話を聞いてて抱いた印象がベース)

地方公務員さえ数年に一度は異動してジョブローテーション組めてるかのようなことになってるのに、いや本当の組織としての戦略とかは知らないけど、親が数年に一度異動してたのは事実で、それに比べて、民間で、一時は商品だけでなく社内人事システム等までも先進的と言われてたこともあったメーカーにて、マンネリ化しててやることといったら人切りくらいの組織に未だにいるって、どうなんだ自分。(強く脱出したいと願う人は最終的にはどうにか組織を脱出できてはいる、からこそ、「どうなんだ自分」)


親からは昔、公務員には向いてないな、研究開発費が多い企業の研究職が合ってると思う、などと親なりに適正を考えたかのようでいてただの願望ともとれるようなことを言われていた。


父さん、母さん、研究職ではないけれど、それなりの民間企業のエンジニアにはなれましたが、今さら地方公務員になりたいです。と思ったり思わなかったり。すいません思ってないです。


ただできれば人に人として接する人らしさがある職場で人らしさがやどるような仕事をしたいとは思う。別に先進性とか創造性だとか前提条件になくていいんだ。人らしさのあるまともな職場であれば後から必要にかられて、もしくは自発的に発揮するんじゃないだろうか。もともと、そんな先進性だとか創造性だとかを妄信するような人間だったか、最近自分を疑いだしてる。いつからか、会社の(外向け)イメージに染まり過ぎていたというか、社内のできる人に憧れ過ぎていたというか。もとから自分はたいそうな志ももってやいないし。


そんなことに気付いた春。

2010年3月22日月曜日

春先の散歩(with LX1)

春になると散歩していて目に入る花が増えてくるので楽しい。


ヒメオドリコソウ。
purple deadnettle
草むらによく群生しているのを見かける。姫踊子草というWindows用キーバインド変更シェアウェアがあるらしい。なぜその名前を付けたのかと、実際の花と、結びつけようとあれこれ想像する時間は大切だ。検索してはいけない。


ハナニラ。
spring starflower
葉や茎からニラに似た臭いがすることからこの名前になっているらしい。花はそういう香りはしないのに、わざわざそんな名前を付けるのがおもしろい。英語では"spring starflower"(学名ではない)と言うようで、素直に「花」から名前をとっているようで、それと比べると日本人はひねくれているなと感じざるを得ない。そういうひねくれ根性は自分にもしっかり宿っている。


カラスノエンドウ。
bush vetch
やがて豆がなったときに、その黒くて細長いサヤを芋虫と誤認してドキっとすることがよくある。「金網と空」が入っている構図が好きだということに最近気付いた。


つくし。
horsetail
実物をアップで詳しく観察すると少しグロい。地下で繋がっているタイプなので、庭に生えてしまうと完全に除去するのが面倒らしい。胞子はギャグっぽい。子どもの頃に理科の教科書で見た胞子の姿はなんとなく覚えている。春の訪れを感じさせる植物の代表格だったりするわりに、よくよく考えてみるとその存在の「華」の無さは、どうなんだろう。


オオイヌノフグリ。
Veronica persica
名前はともかく、好きな花。野に咲く青い花は好きだ。ツユクサも好きだ。今のところ自分の中では、オオイヌノフグリが一番、春の訪れを感じる花。


ローズクォーツ & フローライト。
fluorite & rose quartz
春関係なし。花ですらなし。
先日、(娘と妻が用があった)手芸用品店でローズクォーツという桜色の石を見かけて、なんとなく欲しくなった。しかし使い道ないしそこそこ値段がするので買わずに店を後にした。その直後に行った100円ショップでローズクォーツが売っていたので、クオリティはだいぶ違うが買った。100円というのをいいことに、フローライトも買った。石の意味など知らない。なんか、きれいだから、欲しかった。

2010年3月6日土曜日

世界は”とくになにもなければ”ゆるやかに分断し安定していく

世界は”とくになにもなければ”ゆるやかに分断し安定していく。

blogに書こうとメモしていたテキストを推敲するの面倒になってそのままTumblrにpostした。
改めて、blogに書き直そうと思ったけど、やっぱそのままでいい気がした。
のでリンクだけ貼る。

2010年2月7日日曜日

最近撮った写真(Dec13, 2009 - Feb06, 2010)

最近撮った写真をいくつかTumblrに放り込みました。

LUMIX LX-1(iPhotoでレタッチ済み)


VQ1005(トイデジ)


iPhone(使用アプリ:ToyCamera, TiltShiftGenerator, PhotoshopMobile)

2010年1月29日金曜日

iPadがPaddingする溝

「昨晩はお楽しみでしたね」

僕はリアルタイムで追わず、朝起きてTwitterで評判見たり、ニュース記事でどんなんか知ったり、という流れでした。で、思ったのが、

iPadは自分以外の(自分よりリテラシ低いか同程度の)人達が/と共用共有することを想定するような人が興味持つんじゃないかな。
Twitter / 冬ロボ


ということ。

iPadにGeekは飛びついていません。Geekは画面下部にDOCがあるタブレット「Mac」が欲しかったはず。それを期待してたかと。なので、iPhoneのときのような、始めGeekで火をつけて、っていうやり方での普及は狙えないと思います。狙ってないのならそれだけですが、ちゃんと普及することを狙ってると思います。


AppleはiPadをiPhoneのように広く認知され使われるようにして何をしたいか、というと、たぶん「Computer」を意識させずに、Computerの恩恵を受けられる層を増やしたいんだと思います。デジタルディバイドを埋める、Paddingする手段として、出してきたんだと思います。

キバヤシ「iPadはラインナップの隙間だけでなく、デジタルディバイドの溝もPaddingする、そのための名前だったんだよ!」
ナワヤら「な、なんだってー!」

大きな流れで見ればAppleの作るものはいつも、人とComputerのよりよい境界のあり方をデザインしながら、進化してると思います。


ただ、Geekにもそんなに受けていない上に、ITリテラシ低めな方々には尚更、届かない代物でしょう。そのあたりの人々は興味ないだろうし、知らない可能性も高いし、知ってもPCでもケータイでも(iPhoneでも)ない謎のよくわからんもの、に映ってると思います。

だから、「わかる人」を起点にして導入してもらわないと、目標のユーザに届かないんじゃないでしょうか。

ここで、iPadがでかいiPod touchだと言われてるあたりがいい感じに利いてくると思うのですが、iPod touchやiPhoneがすでに普及しているので、「わかる人」がけっこういるってことです。どっかのニュース記事にもありましたけど。

そしてそのわかる人の中には、あーこれならうちの親にもいいなー、とか、リビングに1台あると妻と子どもが使えていいかもなー、とか、そういうことを考える人が少なからず、います。単に最新ガジェットに興味があるだけでなく、使いやすいコンピュータ、人に優しいコンピュータというものにも興味が向いている人達です。


iPadは、そういう人達が他の人に対して薦めたり共有して使ったりするのに、最適なバランスを備えたものを作りました、ってことじゃないかと思うんです。大きな画面が視力が衰えてきている人にどれだけありがたいか。リビングで家族で共有するなんて場合に親が子どもがiPadですることに目が届きやすいし一緒の画面見て作業できる、それに子どもにとってもiPadの方が自由度高い体験ができるのでは。というように、自分以外の近しい他者が使うのにこれはいい、と思う人がいて、そいつがキーになり一般家庭に導入されていく、というシナリオを僕はイメージします。
まあこういう道筋以外でiPad使う人が増えるのはそれはそれであると思いますけれど、たぶん届いて欲しい(と僕が予想してる)ところに届くための一歩目は、身内から、じゃないかなぁ。

あくまで母艦(PC、Mac)とDockコネクタで繋ぐStyleがあるのは、声(電話?)をかければ返事がくる距離に母艦を扱える人がいる、という環境もわりと想定されている気がしてます。いずれは、母艦のiTunesとコンテンツの同期を計ったりせずに、iPadだけで利用するような使い方になるかもしれませんが(っていうかきっと今のままでもやろうと思えばそこそこはできるよね?)、普及させていくにあたっては、最初は母艦同期計れる人とともに使ってもらい、iPadのなんたるかを理解してもらっていくのではないかな、と。


僕の想像するようなやり方でiPadは本当に認知が広まっていくのか、より多くの人が使うようになるのか、「母艦との同期計らずに使うStyle」というのが広まるときが来るのか、いろいろと妄想が当たるかどうか興味深くみております。

2010年1月7日木曜日

世はおしなべてコンテンツという見方

って仮に考えてみましたよ。はい。


デジタルネイティブが台頭する世の中では「世はおしなべてコンテンツ」なんだ、きっと。(デジタルネイティブって言い方、実はしたくないんですが、まあ使いやすいので)

すると、それを消費する体験を如何に「共有」するか、その演出方法がうまければ、そのツールはその時点では価値があると見なされる。
で、コンテンツは消費して、あとに残る実体のない「思い出コンテクスト」が、たぶん今国内家電メーカーが探そうとしている価値ある「もの」だ。実体はないぞ、これ。それが宿る物体が確かにあると信じ過ぎると、余計に見つからない気がする。

思い出コンテクストへの扉を開く鍵と、扉を開いた先の道に思い出補間材をかざる時空間、そんなものを提供することができると、これまた価値があるとみなされる。


これはWiiのVCがいい例か。ゲーム機に関して8bitネイティブ世代なんかは、コンテンツとしてゲームを消費してきて友達といろいろ遊んだ「共有思い出コンテクスト」はしっかりとあるわけで。ゲームコンテンツ自体やロムカセットという物体、ファミコン本体という物体はなくとも、思い出そのものが一番「リアル」を伴っているでしょう、これ。そんな人のところに、VCで思い出コンテクストへの扉の鍵を用意し、鍵を購入して扉を開ける=プレイすると、両側に思い出写真がかざられた道を歩くような感覚を提供できる。


もう少し今ありそうな(?)ことで考えてみると、Web上に友達と行った旅行写真のアルバムを構築したとして、そのPermelinkに永続性だとかは求めてなくて、思い出コンテクスト補間のキーに過ぎないとわかっているのが、古くない世代の人。オンラインアルバムを見るのも思い出写真館を歩く感じだ。それは「どこかにある写真館」で、入ったら出る、のだ。そして、わざわざ行くもの、というのが当たり前。しばらく行かない間にあの写真館なくなっちゃったんだ、へー、残念、くらいだ。それでいい。前回行ったときにお気に入りの写真は手元にコピーをもらってきている。


基本Publicで、すなわち「世はおしなべてコンテンツ」の「世」に自分も入っている。
そしていくつか、時折、PublicからPrivateに選びとってくる、そして学習コンテンツなんかは昇華して再びPublishしたり、という生き方。

2010年1月2日土曜日

トイデジスライドショー

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨年末、クリスマスに3歳の娘にトイカメラ(デジタル)をプレゼントしました。買ったのはVistaQuest1005。こういうトイデジがあるってことは、Twitterで教えてもらいました。

VISTA QUEST VQ1005

一緒に散歩に行ったときに娘が写真撮ったりしますが、僕もちょいちょい借りて撮ってます。いろいろ撮ってみておもしろいのがあったらラッキーくらいな感じです。さてそのラッキーな写真何枚か、FlickrのSlideShowにまとめてあるのでペタリと。



iPhoneのカメラアプリによるトイテイストもいろいろ楽しいのですが、本物は「本当の不自由が手に入る(という言い方を敢えてしてみる)」ので、そこも含めて楽しいですね。