2009年8月7日金曜日

ダメンテッドリアリティ


今晩の月は雲がうすくかかって、幻想的な絵を見せてくれます。
まあ僕じゃあうまく写真には撮れないんで、残念な感じですが。


さて。最近、セカイカメラやARToolKitなどで、すぐそこまで来ているんだなという印象もあるAR(Argumented Reality:拡張現実感)ですが、この状況においてはいらねーな、と思う瞬間もあります。


今晩の月なんかがそうです。写真じゃなくて、実際にそれを目で見ているその瞬間、その視界に広がる現実に、重ね合わせたい現実を拡張してくれる情報なんていらないですね。月を見る前に、月が出ていることに気づくキッカケならあってもいいですかね。どういう月かは楽しみにとっておきたい。ただふっと見上げたらきれいな眺めだった、それがいいと思います。


拡張してもらいたいほど、僕は現実をじゅうぶんに認識できている気はしません。
って、言葉尻捉えて突っついてるだけですが。

いやでも大切なことだと思うのでこのまま行きますが、世の中には、認識しきれない、気づいてない、心の琴線に触れるような何かってのは、いくらでもあって、それに気づくキッカケを与えてくれるような、そういう情報世界的レイヤーを重ね合わせてくれるのが、ARであって欲しいなと思います。

あと、贅沢言えば、歳取った固い頭では受け入れがたい、観測範囲にあるんだけれど未知過ぎてカオスな何か、を、「こまけぇこたぁいいんだよ(AA略)」って感じで、まずは自分で受け止めるようにする、そのお手伝い的な役割のARであれば、ぜひともお世話になりたいところです。


まだまだこれから発展する分野に今からいちゃもんつけてどうすんだってなところもありますが、取り組んでくる企業も増えてくるにあたって、そもそも、どういうコンセプトをARで実現しようとしてんだろう、ってのは意識して観察していたいところです。


タイトルは、あまりうまくないMy造語です。ダメ拡張現実感。拡張しすぎ現実。などの意。

2 件のコメント:

Kousuke さんのコメント...

現実の中にあるもので感じ取れているものって
本当に少ないなって、ほんとに感じますが
そうゆうのの手助けにARがなるかって言うと
既成概念のままのARだと表面上の情報を増やしているだけで
本来の情報がよけいに感じづらくなる気がしますよね。

画面を通してみるなんてしたら、
情報をいくつのがしているか分かったもんじゃないですね。

piyotori さんのコメント...

コメント早っ!ありがとうございます。
もうほんとおっしゃる通りで。
もちろん、役に立つ使い道だってあるとは思うんですけど、それは違うだろ、的なものもきっと役に立つ使い方と同じぶんだけ、いやむしろ倍くらい、登場するのが宿命かもしれませんね。